グリとヒスイの二毛作

お疲れアラサー「グリ」と美少女「ヒスイ」の妄想漫談録

「千葉ルー」現代日本の野蛮なサクセスストーリー

グリ:済東鉄腸『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』の魅力を語りたい。

ヒスイ:今年の春に各種媒体で取り上げられてましたね。グリも奇抜なラノベ風タイトルにつられて購入して、貪るように読んでました。

グリ:読み物として純粋に面白かったんだもん。千葉県の実家で引きこもっていた著者が、趣味の映画がきっかけで一転ルーマニア語の魅力に目覚め、知り合いゼロからFacebookを駆使してルーマニア語ネットワークを築き上げ、いつしか本国でルーマニア語作家として認知されていく、、
こいつは正に、現代のジャパニーズドリームが具現化した爽快な成功譚じゃあないか!

ヒスイ:(グリのテンションが、、)一方で、小説家として有名になる人って、人生紆余曲折ありましたってタイプも多い気がします。この著者の生き様にグリが特に惹かれる理由は何なんですか?

グリ:たしかに、何度も文学賞に応募したり、仕事の合間に時間を捻出して少しずつ書き溜めたりと、大変な苦労を経て大成する作家は多いよね。
その上で、この自伝が際立っている点は、一見何もないところに可能性のスキマを見出して、恐れず突き進んだ野蛮なサクセスストーリーである点だと思うんだ。

ヒスイ:というと?

グリ:著者の辿った道のりは、あとから見ると必然だったように思えるけど、冷静に考えると日本人でルーマニア語作家になるべくしてなるって人は、まずいないんじゃないか。著者の済東鉄腸は、蜘蛛の糸のようにか細い可能性の尻尾を掴んで、それを自力で這い上がったんだ。しかも、ルーマニア語を学び始めた当初は定職のない引きこもり。乾坤一擲、己が持てる全ての力を、機会費用と一緒に賭けたと言っていい。

ヒスイ:麻雀で大量ビハインドを抱えた状態で、役満を狙いにいったようなものだと。私なら負けが込んだら潔く損切りしますね。

グリ:(ヒスイさんどこで麻雀覚えたんだろ、、)まさに。一度レールを外れると再起は不可能といわれる今の日本で、誰も通ったことのない獣道を、インターネットという鍬一本で切り拓いて成功したんだ。現代のおとぎ話が実話になったような気がして、私はとてもワクワクした。

ヒスイ:また水を差すようですが、著者は結局、全てを差し置いてルーマニア語に没頭できた点で、ルーマニア語に選ばれた人間だったんじゃないですか。新規分野で成功する人は、概して当初は周囲から理解されないものですし。

グリ:もちろん、その側面はある。著者は自他ともに認める「映画痴れ者」として学生時代から映画評論を書いているし、自分の「好き」を追求する素養はあったんだろう。
それでも、この自伝に横溢する行動力は、単なる趣味嗜好の延長では説明できない。見ず知らずのルーマニア人に毎日Facebookリクエストを送り、独学中のマイナー言語で対話を試みる精神性は、あまりにもリスクやコストを度外視していて、もはや野蛮としか形容できない。
一万分の一の可能性に賭けるような冒険心は、これまでの人生で見聞きしたことがない性質のものだったんだ。

ヒスイ:引きこもりから一躍時の人へ、済東鉄腸は結果として間違いなく「成功」を手にした。けれども、それは定型的な成り上がりの物語からはかけ離れた、狂気の努力がなせる業だったということですね。

グリ:そう。そしてそれは多くの人に希望を与えるものだと思うんだ。当たり前のことだけど、成功の形は誰かが事前に要件定義できるものじゃない。それでも私を含め、無意識に自分の可能性を狭めながら窮屈な日々を過ごしてしまっている人は多いんじゃないかな。千葉県の自室から世界に飛躍した一人の向こう見ずな若者の物語が、そうした呪縛を解いてくれることを期待しつつ、締めたいと思います。

ヒスイ:お粗末様でした。